☆ 能楽笛方 藤田流 のこと

いま能の笛は三流儀(一噌流・藤田流・森田流)あります。
すべての流儀が元を辿ると、檜垣本座(現奈良県、大淀町)の
檜垣本彦兵衛(ひがいもとひこべぇ)にたどり着きます。

藤田流はその檜垣本彦兵衛(又は笛彦兵衛)から
馬淵美作守頼元、下川丹波守重次、そして藤田清兵衛(藤田流初代)という芸系になります。
母方の叔父である禅僧、沢庵和尚の世話により誕生の地、
丹波の出石(いずし)を出て、和尚の堺南宗寺に住いしました。(1614年13歳)

その後、近衛関白信尋公に奉見仕官(1617年)。
信尋公より下川丹波守重次(丹州)を笛の師として定めよと拝命を受け、
その後、清兵衛は禁裏の笛役者として近衛家に仕えることになりました。

後に信尋公は丹州に清兵衛に秘蔵の名管、秘伝書をも与えるように命じ、
現在まで当家にて守られております。
尾張徳川家初代義直公が尾張に笛の役者がいないという事を二代将軍秀忠公にお話しされ、
秀忠公が仕えている笛役者に問われたところ近衛家の藤田をという話になり
藤田流初代家元藤田清兵衛が尾張に移ることとなり(1629年)
それより尾張と江戸での舞台を代々勤めて今日の十一世藤田六郎兵衛までに至るわけです。


☆ 藤田 六郎兵衛 (ふじた ろくろびょうえ)

昭和28年十世宗家の孫として名古屋市に生まれ、藤田家芸嗣子となる。
4歳にて笛の稽古を始め、5歳にて初舞台を。
以後、能の主要曲である「鷺乱」「猩々乱」「望月」「石橋」「翁」「道成寺」を15歳までにという異例の若さにて披曲。
昭和55年藤田流十一世宗家となり昭和57年家名『六郎兵衛』を襲名。
平成9年ポーランド(ブロズワフ)日本庭園オープニングでの演奏、
モナコでの万博日本開催(愛・地球博)決定会議プレゼンテーションにて独奏。
平成13年ユネスコ世界無形遺産宣言を受けて、パリ・ユネスコ本部にて記念公演参加。
平成15年パリ日本文化会館にて詩人シュナイダー氏自身の詩朗読にて演奏。
平成16年能楽協会初の公式海外公演(ニューヨーク・ワシントン)に参加。
外務省及び日本国際交流基金主催のヨーロッパ公演参加など海外での演奏も数多い。
平成17年愛・地球博では、能のシテ方五流、狂言二流が競演を繰り広げる
「能・狂言のすべて 咲き誇る伝統 1000年の時空を超えて」の企画・構成・演出を務める。 
平成23年には第33回観世寿夫記念法政大学能楽賞「 〜 特に本年の『関寺小町』『姨捨』での演奏は曲趣を見事に体現して秀逸。
重要な舞台になくてはならない囃子方の一人〜 」。
第66回文化庁芸術祭大賞(演劇部門にて主宰する萬歳楽座)
「 〜 会主・藤田六郎兵衛の笛は、あくまで強い中に澄みきった叙情性を湛える名演〜 」を受賞。
また平成24年5月には第65回中日文化賞(中日新聞社)「能楽振興への貢献と舞台成果」という評価を得て受賞する。
他に昭和60年名古屋市芸術奨励賞、平成5年名古屋芸術祭賞(伝統芸能部門)を受賞する。 
西洋音楽は先代十世藤田六郎兵衛の勧めにより同朋学園高校音楽科及び名古屋音楽短期大学声楽科に入学。
同大学を首席で卒業し読売新人演奏会(上野文化会館)に出場する。
専攻科を卒業後、五年間母校のオペラ研究授業の助手を勤める。
ミュージカル「ファンタスティック」で主役エル・ガヨにて出演。
平成16年より小町文仁氏と共にビジットジャパン記念公演、
財団法人花と緑の農芸財団設立20周年記念の集いに声楽家として歌も披露する。
平成18年能管の鮮烈なる息吹とポピュラーミュージックの劇的なコラボレーションアルバム「天地悠久」をリリース。
現在までに「夢幻の笛」「夢のしずく」「大和物語」の四枚のCDを発表。(録音曲は能管古典曲以外すべて小町氏作詞作曲となる)。
平成19年名古屋市民会館、平成20年サントリーホール(東京)、名古屋能楽堂、平成22年奈良県新公会堂能楽ホールにてコンサートを開催。

ALUBUM RELEASE CD:
2006年「花一輪」
2007年「天地悠久」「夢幻の笛」、
2008年「藤田六郎兵衛の世界T 夢のしずく」「藤田六郎兵衛の世界U 大和物語」 DVD:「藤田六郎兵衛 笛の世界」

講演 
『日本に出会う』『心で見る音』『笛の家に生まれて』等のタイトルで能笛の演奏とお話しの講演を年50回以上

役職 
社団法人日本能楽会理事
国際文化交流・協力推進委員(文化庁)
名古屋音楽大学客員教授